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2021.05.14

見ていないから、見えない。

先日、雨上がりに近所を散歩をしていたら「あっ!」と立ち止まりました。
月桃の花が咲いていたんです!

沖縄では珍しいことでは無いんでしょうけど、私にとっては沖縄に住んで15年、初めて見る月桃の花だったんです。

そのとき写したのがこれ。

そこからの帰り道、気をつけて見ていると道端や空き地の隅にあちこちで月桃の花は咲いています。
そうした場所は私が住み始めたころからずっと空き地のままでしたし道の整備もされてもいないですから、この15年間、毎年そこで咲いていたんでしょう。
ただ私が見ていなかっただけなんです。

その日以降、車を運転していても道路脇に咲いている月桃の花が目に入ってきます。
月桃はあちこちに雑草のように生えていて、この時期に花を咲かせるんですね。

知らなかったということは関心がなかった。月桃に意識が向いてなかった。
意識が向いていないから、見てなかった。
見ていないからこんなにも身近に溢れているにもかかわらず、「月桃はどこに咲いてるの?」というように私にとって「月桃はない」ということになってしまったんです。

見ていないからそこになかった。
見たからそこにあるのがわかった。
「シュレーディンガーの猫」みたいですね。

物体であれば、シュレーディンガーの猫の如く実際に見てみるまで「在る」のかどうかわからない、ということでも構いません。
ですが、経営の問題となるとどうでしょうか?

あなたが見ていなくても問題は存在し、進行し、あなたの会社を蝕んでいきます。
問題に意識が向いてなかった、見えていなかった、では済まされません。

では、意識が向いてない、見えていない、をどう防ぐのか。
そのあたりをお伝えするセミナーを近々ご案内できると思います。