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2025.10.21

300年続く老舗「半兵衛麩」に学ぶ――理念経営と商いの心

こんにちは。中小企業診断士の牧野誠です。

中小企業の経営を支援していると、
「どうすれば会社を長く続けられるのか」
という問いに出会うことがあります。

利益を出すことももちろん大切です。
けれど、「続ける」には、もうひとつ別の力が必要です。

今日は、京都で330年以上続く老舗「半兵衛麩(はんべえふ)」の
十一代目当主・玉置辰次さんのお話を通して、
その“続ける力”の源を考えてみたいと思います。

■1.「始末」にこそ、商いの心が宿る

玉置さんが幼い頃。
お父さんと銭湯に行ったときに、こんな話を聞かされたそうです。

新品を下ろす時が“始まり”で、
捨てる時が“終わり”。
だから“始末”と言うんや。

新品の手拭いは、使って汚れたら雑巾に、
さらにボロボロになったら油拭きに。
最後は火種にして風呂を焚く。

そこまで使い切って、ようやく「終わり」。
だから「始まり」と「終わり」を合わせて“始末”。

お父さんは、洗い場の曇った鏡に指で文字を書きながら、
商いの心得を語ってくれたそうです。


この話を読んで、私は建具職人だった父を思い出しました。
古くなったタオルを作業場で使い続け、
穴があいてボロボロになるまで離さなかった。

「まだ使えるものを捨てるのはもったいない」
そう言って笑っていた父の背中に、
“始末の心”があったのだと思います。


今の時代、私たちは効率やスピードを重んじます。
「古いものはすぐ捨てて、新しいものを入れる」――
それが当たり前になっている。

でも、商いの本質とはモノの使い方ではなく、
人と心の使い方
なのかもしれません。

老舗とは、長く続いたことが偉いのではなく、
「長く続けるために何を捨てずに守ってきたか」に価値がある。

■2. “暖簾”を守るという生き方

戦時中、麩の原料である小麦粉が軍に徴収され、
商売ができなくなった半兵衛麩。

さらに鉄の供出が始まり、
焼き釜や機械まですべて戦地へ運び出されました。

同業者の中には、機械を隠して戦後すぐに再開したり、
闇市で小麦粉を買って大もうけした人もいたそうです。

それを見た中学生の玉置さんは、
父にこう言いました。

よそみたいに、闇で売ればええやんか

するとお父さんは、静かに答えたのです。

うちは先祖代々、麩というもんのおかげで
家が続いてきたんや。
そのありがたい麩を闇で売るなんて、できるか。
暖簾は絶対に汚したらあかん。
ご先祖様に叱られてしまう。

結局、お父さんは商いをやめました。
書画骨董や家財を質に入れ、
最後には家を売って借家に移ったそうです。

でも、不正だけはしなかった。

理念を曲げなかったからこそ、
戦後、昔のお得意先が再び声をかけてくれたのです。

「よう辛抱したなぁ」
「お父さんには世話になった。なんでも言ってきなさい。」

短期的な利益を選ばず、長期の信用を守った。
これが「暖簾を守る」ということ。
暖簾とは、単なる屋号ではなく、人の信用そのものなのです。

■3.「堂々と生きなさい」――父が遺した誇り

戦後まもなく、お父さんは病に倒れました。
再建の途中で、最も店を案じていた父が亡くなった葬儀の日。

同業者の一人が、こんなことを言いました。

「昔は麩屋やったか知らんけど、
 今はちっぽけな店や。麩屋って言えまへんがな。」

その言葉を、玉置さんはすぐそばで聞いていました。
悔しさで、涙も出なかったと言います。

葬儀の夜。
父の手を握りながら、心の中で誓いました。

「お父さん、辛抱してな。
 絶対にこの店を立て直すからな。
 あんなことを言った人より、立派な麩屋にするから。」

その誓いを支えたのが、父の晩年の言葉でした。

うちはよそさんから後ろ指を差されるようなことは
何一つしていない。
いまはお金の信用はない。
だけども“家の信用”はある。
だから堂々と生きなさい。

この「堂々と生きなさい」という言葉が、
戦後の再建を支える心の支柱になった。

理念は、困難を“耐える力”ではなく、
“立ち上がる力”に変えるのだと感じます。

■4.「根を腐らせなければ、花は咲く」

19歳で店を継いだ玉置さん。
資金も職人もなく、母から鍋としゃもじを借り、
ガスコンロで麩を手作りする日々が始まりました。

そんな彼を支えたのは、父の教えです。

花咲かぬ冬の日は、下へ下へと根を生やせ。
雪が溶けたら、その養分で花を咲かせたらええ。
根、つまり“理念”さえ腐らせなければ、必ず花は咲く。

理念があるから信念が生まれ、
信念があるからぶれない。
理念こそが「見えない根っこ」となって会社を支えます。

会社経営は「どれだけ大きな花を咲かせるか」ではなく、
「どれだけ深く根を張れるか」。

経営者が本当に大切にすべきは、
花の高さよりも根の深さかもしれません。

■5. 老舗とは、“何を捨てずに守ってきたか”の物語

半兵衛麩は、現在も発展を続ける老舗企業です。
高級料亭への卸から百貨店、ネット販売まで展開し、年商は16億円にのぼります。

でも、そこに至るまでに大きな資産があったわけではありません。

家訓と、理念だけがあった

それこそが、最強の経営基盤でした。

時代は変わり続けます。
顧客の価値観も、働く人の考え方も、ビジネスモデルも変化します。

だからこそ、
「変わらないもの」を持つ会社が強い。

老舗とは、
長く続いたからすごいのではなく、
長く続けるために何を捨てずに守ってきたか
を問い続けてきた会社。

理念とは、その問いに答え続けるための「羅針盤」です。

終わりに――あなたの会社の“根”はどこにありますか?

あなたの会社にとって、
「決して手放してはいけないもの」は何でしょうか?

何があっても守りたい考え方。
受け継いでいきたい想い。
譲れない判断の軸。

それがある会社は、
どんな嵐が吹いても倒れません。
どんな時代になっても、色褪せません。

理念とは、会社の“根っこ”であり、
“心の灯”でもあります。

老舗「半兵衛麩」の物語が、
あなたの会社の根を見つめ直す
きっかけになっていたら、
私として、これ以上うれしいことはありません。

— 牧野誠(中小企業診断士)