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2025.09.26

「闇で売ればええやんか」と言った私に、父は何と言ったか――暖簾を汚さない経営

苦しい状況に追い込まれたとき、人は「正しいかどうか」よりも「生き残れるかどうか」で判断してしまいがちです。戦時中、商売ができなくなった半兵衛麩の当主一家も、まさにその岐路に立たされていました。そこで交わされた、親子の何気ない会話。その一言に、老舗が老舗であり続ける理由が、静かに表れていました。

目次

戦時下で商いが止まった老舗
「闇で売れば」という中学生の一言
父が守ろうとした暖簾の意味
家を売ってでも汚さなかったもの
信用は、非常時の判断で試される

戦時下で商いが止まった老舗

京都の老舗・半兵衛麩の十一代目、**玉置辰次**さんが中学生だった頃。戦時中の食料統制により、麩の原料である小麦粉は手に入らなくなり、商売そのものが成り立たなくなりました。
追い打ちをかけるように、製造に使っていた機械類も鉄の供出で戦地へ送られ、文字通り「何もできない」状態に追い込まれたといいます。

「闇で売れば」という中学生の一言

同業者の中には、機械を隠して温存し、終戦後すぐに商売を再開した人もいたそうです。また、闇市で小麦粉を手に入れて麩を作り、大きな利益を得た人もいたといいます。
そうした話を聞く中で、玉置さんは思わず口にします。
「よそみたいに、闇で売ればええやんか」。
中学生としては、極めて素直で、現実的な発想だったのではないでしょうか。

父が守ろうとした暖簾の意味

その言葉に対して、父親はこう答えたそうです。
「うちは先祖代々、麩というもんのおかげで家がずっと続いてきた。そのありがたい麩を、闇で作って売るなんてこと、できるか。暖簾は絶対に汚したらあかん。そんなことしたら、ご先祖様に叱られてしまう」。
私はこの話を読んで、思わず背筋が伸びました。理念や信念という言葉を使わずに、これほど明確に「守る一線」を示す言葉があるだろうか、と感じたからです。

家を売ってでも汚さなかったもの

理念を守ることは、口で言うほど簡単ではありません。本当に守ろうとすれば、生活そのものが成り立たなくなる局面もあります。実際、玉置さんのお父さんは、書画や家財道具を質に入れ、最後には家まで売って借家暮らしになったそうです。
それでも、「暖簾を汚さない」という判断だけは曲げなかった。その選択は、短期的には大きな犠牲を伴いましたが、結果として、戦後に商いを再開したとき、大きな支えとなって返ってきます。

信用は、非常時の判断で試される

戦後、再び商いを始めた際、かつての得意先たちはこう声をかけてくれたといいます。「よう辛抱したなぁ」「君とこのお父さんには世話になった」「なんでも言ってきなさい」。
信用とは、順調なときではなく、追い込まれたときの判断の積み重ねで形づくられるものなのだと、改めて考えさせられます。目先の売上や流行に振り回されそうになる場面ほど、「この判断は暖簾を汚していないか」「胸を張って説明できるか」と、自分に問い直すことが必要なのではないでしょうか。
目には見えませんが、長く続く会社の基盤は、こうした心の中の判断によって、静かに支えられているのだと、私は考えています。


公開・更新履歴
2025年9月26日:新規公開