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補助金は誰のため?

補助金は誰のため?

ある経営者さんから、採択済みで事業に着手している補助金について相談がありました。私が補助金の申請を扱わないことを知っている方なので、地元の中小企業診断士さんにお願いして申請書の事業計画を書いてもらったとのこと。 そろそろ完了報告のことを考えなければならない時期になって、申請書を書いてくれた診断士さんとの間に申請内容の認識の違いが表面化してきたというのです。 補助金は誰のためにあるのか。極論を言ってしまえば、政府や行政機関が企図する政策を推し進めるためです。 補助金の公募要領には、対象となる事業者、そして、対象となる事業、が決められています。つまり、「産業をこういう方向へ持っていきたいので、それに沿ったことをしてくれる事業者さんには補助金を出すことで推進しよう」ということが公募要領に示されていることになります。 また、政策として推進しなくなったものは補助金の予算が減額されるか、廃止されていきます。 ですので、 あなたがやりたいことをやるために補助金が出てくるわけではない ということを理解しておくべきです。 この診断士さんも商売でやっており、採択されなければタダ働きになってしまいます。だから、手数料を確実に稼ぐためには採択される申請書にしたいですよね。そうすると、社長さんの意図を汲み取りつつも、公募要領に沿った形で事業の立て付けを書かざるを得ません。もちろん、事前に診断士さんと社長さんの間で認識合わせはされたようです。が、社長さんの「やりたいこと」への意識が先行して、詰めておくべき認識の違いに目が行かなかったようです。 補助金の申請が採択されたものの、・「こんなの自分がやりたいことじゃない」とやる気をなくして立ち消え・なんとか最後まで完了させたけど、その開発した事業や商品はそのまま塩漬け・購入した設備や機械が使われずにホコリをかぶっているといった事例はたくさん見てきましたし、よく耳にします。 来月以降、補助金の公募が増えてくると思います。申請前にもう一度確認してください。やりたいことと公募要領の間でつけた折り合いは、やる気をなくさず納得できるものなのかどうか。

お恥ずかしいことですが、忘れてました。

お恥ずかしいことですが、忘れてました。

先日、関西や九州のある仲間たち(その人たちと実際に会ったことは、これまで一度もありません)とお互いの仕事の近況を話し合う、月に1度のzoom飲みをしてたときのことです。 ある人がすばらしい成果を上げたという報告があって、その人のことを評して 「天才とは、誰でもできることを天才的にやりきる人」だったか忘れたけど、そんな言葉があったよね。 なんてことを誰かが口にすると、みんな「確かになぁ〜」とメモしていました。もちろん私も。 飲み会が終わったあと「どこかで聞いたよなぁ、出典は誰だろう?」とネットで検索していたら、出てきました。 中の見えないものは、人を買う 私のブログです。このメルマガでもご紹介していましたね。 お恥ずかしいことですが、完全に忘れていました。だから再度みなさんにご紹介することで、もう忘れないようにします。 誰にでもできることを、誰にもできないくらいやる新貝晃一郎(布団職人)

あなた、当事者ですよ。

あなた、当事者ですよ。

「炎上してる現場の真っただ中にいる人ほど当事者意識がないんだよね」という感想をコンサルティング会社時代、豊富な経験を持つ同僚から聞いたことがあります。 当時、役員から呼び出されて「うちの社長が先方の社長に対して、なんとかするとコミットしてる。とにかく明日から行ってなんとかしてこい。」みたいな感じでその同僚と一緒に送り出されたことが何度かあります。実際に現場に行ってみると、これまでに見たことないようなひどい状況だったりするんですよね。 でも、そのプロジェクトで仕事をしている顔見知りの後輩たちから「お久しぶりでーす。牧野さんたちが直々に出てくるなんて、何かあったんですかぁ?」なんて声をかけらたものです。そうした現場の反応に接して出てきたのが冒頭にご紹介した同僚の感想です。 経営の現場でもそれに近いものを見かけます。 自社製品に関して行政から改善命令を受けたある会社の社長さん。記者会見まで行われて社名を公表され、地方ローカルとはいえマスコミにも取り上げられて会社としては大ピンチです。 そんなピンチにこの社長さんは「どうしてこういうことになったんだ!?」と他の役員さんと責任をなすりつけあったり、スタッフの方々に「お前たちは何をしていたんだ!」と叱責するばかり。「社長も含めこの経営陣はリスクは承知していたけど、放置していたんだな」というのがこのやり取りを聞いていてわかりました。 その後の改善措置として実施する内容の検討はスタッフまかせ。スタッフさんが考えた対策とそれにかかる費用について「これで行政に報告します」と説明して、支出の承認を求めたところ、その社長さんから返ってきたのは、 わかった。それでやっとけ。しかしお前らが考えることは、いつも金のかかることばっかりやな。 それを聞いて私もぽかんと口が開いたままになってしまいました。ひどい経営者だと言ってしまえばそれまでです。 それよりも、この社長がこうした行動・言動をするのはなぜか?おそらく、自分が当事者だという意識がなかったのでは。 普段から会社に降りかかる様々な問題の原因を会社の外の世界に求めたり、社員に求めたりしているんじゃないでしょうか。つまり、「最終的な責任は、社長の自分にある」という意識がないのでは。この出来事を振り返り、そう感じました。

沈んだお金

沈んだお金

前回の続きです。 10年前にパナソニックに吸収されることで消滅した三洋電機という会社。経営再建をめざして8000人のリストラに携わるなど、経営を間近で見てきた元人事部長さんが漏らしていた一言。 「ダメだな」と思ったら合理的にやめる事業はやめる ダメだな、と思っても合理的に止められない理由の一つが前回の「情実・忖度」でした。 もう一つが、サンクコスト。埋没コストとも言われます。サンクとは、沈むを意味する英語の動詞 sink の過去分詞形 sunk。「救いようがない」という意味もあるようです。事業に投下してしまったものの、もう取り返すことのできない費用のことです。 設備や不動産などは売却して取り返すことができるでしょうが、そこまでにかかった人件費や家賃などは取り返すことができないですよね。それを「これだけお金をかけたのだから」と回復の見込みのない事業をダラダラと続けるうちに傷口を広げて倒産してしまったという例はよく聞きます。三洋電機の元人事部長さんが指摘しているのは、そのことでしょう。 お金は取り戻せるが、時間は取り戻せない。 という一言をどこかで読んだことがあります。 ある事業に投下したお金は、その事業からはもう取り返すことができなくても、他の事業で稼ぐことで取り戻すことができます。けれども、これまでその事業にかけた貴重な時間はもう二度と戻ってきません。 そのまましがみつくか、早く見切りをつけて次に賭けるか。 まさに、経営判断です。 この投稿はメールマガジンでもお届けしています。ぜひご購読を。「経営者のためのメールマガジン」ご登録はこちらから。https://banso-sha.jp/news/magazine_subscribe/

やめたくてもやめられない

やめたくてもやめられない

前回(https://banso-sha.jp/blog/20210412/)の続きです。 10年前に事実上の消滅をした三洋電機。末期に行われた経営再建で、8000人ものリストラをしなければならなかった当時の人事部長さんは、もう二度と人事の仕事はしないと誓い、現在は回転寿司チェーンの広報をされています。 従業員10万人を抱える会社が消滅するのを経営陣のすぐ近くで見てきたこの元人事部長さんは言います。 「ダメだな」と思ったら合理的にやめる事業はやめるとか。情実的なものとか、妙な忖度があると歪んでくる。 情実的とか、妙な忖度といったものは「あの人が始めた事業だから私が勝手に止めるわけにはいかない」といったものです。事業のような大きなレベルの話に限らず大企業では、レポートや社内ルールといった細かいレベルのものでも様々な「あの人が担当者のときに始めたものだから止められない」があります。最初に始めた人がすでに課長とか部長になっていたりすると、もう廃止できる可能性は限りなくゼロに近づきます。 こうした廃止したほうがいいのに廃止できない場合のコストって、かなりデカイんですよ。・すでに必要性をなくした作業にかける人件費・すでに必要性をなくしたルールによる低い生産性・すでに必要性のない機能をシステム導入時に追加する開発費と維持費 こうやって並べてみると経営者のあなたなら怖くなりません?でも、現場の人たちは金額に換算して考えるなんてことは稀だと思います。すでに偉くなった人に楯突いて面倒なことになるよりも、ちょっとガマンすればいいだけですから。 こういうの、大企業だけだと思ってるでしょ...小さな会社でも見かけますよ。 この投稿はメールマガジンでもお届けしています。ぜひご購読を。ご登録はこちらから。https://banso-sha.jp/news/magazine_subscribe/