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経営は「今日」の積み重ねでしかつくられない

経営は「今日」の積み重ねでしかつくられない

― バフェットの言葉から考える“今やっている仕事の質” ― 「今はつらいけれど、将来は良くなるはず」「10年後はきっと結果が出るはず」そんな“未来への期待”だけで走る会社は少なくありません。 けれど、ウォーレン・バフェットのある有名な言葉を読むと、その前提を一度疑ってみる必要があると気づかせてくれます。 結局のところ、経営は「今日」の積み重ねでしかつくられない。その意味と、経営者が今見つめ直すべきポイントを、私なりに整理してお伝えします。 バフェットの言葉が伝える“今”の重要性将来への期待だけで経営すると何が起こるか「今日」が積み重ならない会社の共通点経営は「今日」の質 × 続ける力“今の感覚”をごまかさないということ「好き」が生む継続力と成果あなたの毎日は、未来につながっているか? バフェットの言葉が伝える“今”の重要性 ウォーレン・バフェットはこう語っています。 今はみじめだけど、これから10年間は素晴らしいものになるなどと考えて行動してはいけません。今楽しめないものを、今後10年間楽しむことが出来るでしょうか?たぶん、それは無理でしょう。今、好きなことをやりなさい。 最初にこの言葉を読んだとき、私は「好きなことをやれ」という軽いメッセージだと誤解していました。 でも、経営者の現場を長く見ていると、これは経営者への強烈な警告だと痛感するのです。 将来への期待だけで経営すると何が起こるか 経営が迷走する会社には、ある共通点があります。 「今は赤字でも、5年後には黒字になるはず」「今は成果が出ていないけど、いずれ10倍稼げるようになるはず」「今は楽しくないけれど、将来のためには必要なんだ」 こうした“未来への期待”だけで走っている会社は、どこかで必ず立ち止まります。 理由はシンプルです。 今の行動に情熱がないから。 情熱のない行動は続かない。続かないから積み重ならない。積み重ならないから未来には届かない。 これは、多くの企業やプロジェクトで見てきたリアルです。 「今日」が積み重ならない会社の共通点 未来ばかり見ている会社では、今日の行動の質が下がっていきます。 ●「とりあえずやっておこう」が増える● 本気度が下がる● 社員に伝わらない● 結果として、動きにムラが出る 未来への期待が強いほど、なぜか“今日おこなうべきこと”が軽視されてしまう。 でも、未来をつくる材料は“今日”しかありません。 経営は「今日」の積み重ねでしかつくられない バフェットは人生について語りましたが、経営にこそそのまま当てはまります。 今、楽しくない仕事は10年経っても楽しくならない今、しっくりこない事業は10年経ってもしっくりこない今、好きじゃない働き方は10年経っても好きにならない 経営は“いつか”ではなく、今日・いま・この瞬間の積み重ねでしか形づくれないものです。 だから、未来を良くしたいなら、“今日の行動の質”から変えるしかない。 “今の感覚”をごまかさないということ では、どうしたら今日の行動を変えられるのか? 答えは、とてもシンプルです。 今の自分の感覚をごまかさないこと。 楽しいか? やりがいはあるか? 誰の役に立ちたいのか? どこに時間を使いたいのか? この「現在形の感覚」に一点のウソもないかどうか。これこそが、未来をつくる本当の材料です。 逆に言えば、今イヤなことを続けていても、10年後に自然と“楽しい”に変わることはほぼない。 これは心理学的にも、行動科学的にも明らかなことです。 「好き」が生む継続力と成果 経営には当然、苦しい局面が訪れます。でも、本質的に好きな仕事は、苦しい場面でも続けられる。 そして続けられるからこそ、次第に成果が積み重なり、チャンスをつかむ確率が高くなる。 バフェットが伝えたかったのは、 「好き」は、経営者が持てる最強の資源である。 ということなのだと思います。 “好き”で走っている経営者は、行動量も質も自然と高くなる。そしてその積み重ねが、気づけば圧倒的な差になる。 あなたの毎日は、未来につながっているか? 最後に、あなたに問いを投げかけたいと思います。 あなたは何が好きですか? 未来のために、今を犠牲にしていませんか? あなたの毎日は、“好き”の延長線上にありますか? そして—— 今、心から「好きだ」と言える仕事をしていますか? もし、答えが曖昧なら、その曖昧さこそ、進むべき方向を示すサインなのかもしれません。 🪶まとめ 経営は「未来」ではなく「今日」の積み重ね 未来への期待だけに頼ると行動の質が下がる 今の感覚をごまかさないことが大事 “好き” は経営者にとって最大の武器 未来は“今日の積み重ね”でしか形にならない

奇跡は、もう一回だけ試してみる人に訪れる

奇跡は、もう一回だけ試してみる人に訪れる

「奇跡」って、運のいい人にだけ起きると思っていませんか?実は、イギリスの数学者ジョン・リトルウッドは、“奇跡”を数学で説明しました。そしてその結論は、「奇跡は誰にでも、35日に一度は訪れる」というもの。この記事では、リトルウッドの法則から、経営にも通じる“奇跡の起こし方”を紐解きます。 目次 「奇跡」を数学で説明した人がいた奇跡は「行動の回数」に比例する「もう一回だけ」やってみる勇気奇跡は、積み重ねの先にある次の「もう一回」に、奇跡が待っている 「奇跡」を数学で説明した人がいた 「リトルウッドの法則」って、ご存じですか? イギリスの数学者ジョン・リトルウッドは、「奇跡」を数学的に説明しようとした人です。 彼はまず、こう定義しました。 「100万回に1回しか起きないような事象を“奇跡”と呼ぶ。」 そのうえで、次のような仮定を置きました。 ・人は1日8時間活動している。・その間、1秒に1回は何かしらの出来事を知覚している。 つまり、1日で約3万回、35日でおよそ100万回の出来事を経験する。そうすると、導き出される結論はこうです。 人は平均して35日に一度は奇跡を体験している。 奇跡とは、“ごくまれな出来事”ではなく、一定の頻度で訪れる「統計的な現象」なのです。 奇跡は「行動の回数」に比例する この法則を、私は「行動の法則」として捉えています。 行動の回数が増えるほど、奇跡(=めったに起こらない成功やチャンス)に出会う確率も上がる。 だから、奇跡を待つのではなく、奇跡に出会う分母を増やす――つまり、行動の回数を増やすこと。それこそが、成功への一番確実な方法なんです。 「もう一回だけ」やってみる勇気 発明王トーマス・エジソンはこう言いました。 私たちの最大の弱点は、あきらめることにある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。 この“もう一回だけ”が、奇跡を引き寄せる行動です。 奇跡は、積み重ねの先にある 経営も人生も、うまくいかないことのほうが多いもの。 でも、仮説を立てて動き、検証して、もう一回試してみる。その繰り返しの中で、“まさか”や“思いがけない成功”が生まれる。 それは偶然ではなく、積み重ねが生んだ必然の奇跡です。 次の「もう一回」に、奇跡が待っている 奇跡は、運がいい人のもとに降ってくるのではありません。あきらめずに、もう一回だけ試す人のもとに訪れる。 あなたが今、取り組んでいること。もしかしたら、次の“もう一回”で、奇跡が顔を出すかもしれません。 🪶まとめ 奇跡は「100万回に1回」ではなく、35日に一度起きている 奇跡を起こすには「分母を増やす」=行動を重ねること 成功は偶然ではなく、「もう一回だけやってみる」人に訪れる

社長の「人間的成長」が、会社の未来を育てる

社長の「人間的成長」が、会社の未来を育てる

経営者の責任は「数字をつくること」だけではありません。アサヒグループの元会長・泉谷直木さんが語った「人間的成長こそがトップの責任」という言葉から、経営の本質を考えます。 目次 「会社はトップの器以上にはならない」「人間的成長」とは、どんなことか成長のために、問い続けたいこと社長の成長が、会社の未来を育てる アサヒグループホールディングスの元会長、泉谷直木さん。経営の第一線を長く歩んできた方で、社長時代には経営改革を進め、アサヒビールを再び成長軌道に乗せた人物として知られています。 その泉谷さんの言葉に、こんな一節があります。 日々どれだけ人間的に成長できているか。それがトップの重要な責任である。 経営者の責任といえば──売上、利益、社員の生活の安定、取引先への信頼…。数字や成果で測られるものをまず思い浮かべがちですよね。 けれど、泉谷さんは「人間的成長」こそがトップのいちばん大切な責任だと言うんです。 「会社はトップの器以上にはならない」 なぜ、社長の“人間的成長”がそれほど重要なのか。その理由は、とてもシンプルです。 会社は、トップの器以上にはならないから。 社員は、社長の言葉や行動を通して価値観を学び、判断の基準を身につけていきます。社長が誠実に学び、考え続ける姿を見せれば、社員も自然と学ぶ姿勢を身につけていく。 逆に、トップが学びを止めてしまえば、会社全体の成長も止まってしまう。経営の現場でよく耳にする「社風」というのは、まさに社長の人柄や日々の姿勢の写し鏡なんですよね。 泉谷さん自身、どんなに忙しくても、現場の声に耳を傾ける姿勢を大切にしていたそうです。経営は机の上ではなく、現場の中にある──。その姿勢が、アサヒの再生を支えたのかもしれません。 「人間的成長」とは、どんなことか “人間的成長”とは、知識やスキルを増やすことではありません。それはもっと、心の成熟に近いものだと思います。 たとえば──自分の考えを押しつけずに人の意見を受け止める力。結果ではなく過程を大切にする心。他人の失敗を責めず、自分の責任として引き受ける覚悟。 こうした姿勢のひとつひとつが、会社の文化を形づくっていきます。 京セラの稲盛和夫さんも、**「人間として正しいかどうかで判断しなさい」「心を高めることが経営をよくする道だ」**という趣旨の発言を数多く残されています。経営は技術ではなく、人格の表現。トップがどんな心で日々を過ごしているかが、会社の未来を決めていくんです。 成長のために、問い続けたいこと 泉谷さんの言葉にある「どれだけ人間的に成長できているか」という問いは、もしかすると、社長にとって最も厳しく、最も大切な質問なのかもしれません。 昨日よりも少しだけ、社員の話を丁寧に聴けたか。昨日よりも少しだけ、感情に振り回されずに判断できたか。昨日よりも少しだけ、誰かの立場に立って考えられたか。 その「少しずつ」の積み重ねが、会社の未来を育てていく。成長というのは、突然やってくるものではなく、日々の姿勢の延長線上にあるのだと思います。 社長の成長が、会社の未来を育てる 経営者は孤独な立場です。時に決断に迷い、心が揺らぐこともあるでしょう。でも、そんなときこそ「自分は昨日よりも成長できているか」と問いかけてみる。 数字の結果だけでなく、心の変化を見つめる時間を持つこと。それが、会社を長く、健やかに育てる土台になるのではないでしょうか。 泉谷さんの言葉にもう一度戻ってみましょう。 日々どれだけ人間的に成長できているか。それがトップの重要な責任である。 社長の成長が、会社の未来を育てる。そしてその未来は、社長の“今日”の姿勢から、すでに始まっているのかもしれません。

経営者に求められる誠実さ

経営者に求められる誠実さ

はじめに 経営の現場では、社長が日々どんな言葉を口にするか、その言葉をどう行動で裏づけるかが、組織の雰囲気や社員の信頼を左右します。経営における「リーダーシップ」とは、単に先頭に立って指示を出すことではなく、自らの言葉に責任を持ち、その言葉を日々の行動で証明することです。 実は私自身、最近とても大きな気づきを得ました。日本の教育者・森信三と、マネジメントの父・ピーター・ドラッカー。洋の東西を代表する二人が、同じことを語っていたのです。 それは── 「誠実さとは、言行一致である」 ということ。「誠実=優しさ」「誠実=正直さ」と思い込んでいた私には、強烈な衝撃でした。 誠実とは、言葉と行動にズレがない状態。この発見をきっかけに、経営者にとっての一貫性や信頼の本質について、改めて考えるようになったのです。 言葉に“体重”が乗る人とは 私の知人に、東京で会社を経営している40代の女性がいます。彼女は8年前、勤めていた会社の危機を救うため、自ら創業の道を選びました。それ以来、試練の連続。経営者として数々の修羅場を経験してきました。 だからでしょうか。彼女の言葉には、いつも重みがあります。私はそれを「言葉に体重が乗っている人」と表現しています。 オンラインで話をしていると、気づけば3時間、4時間があっという間に過ぎてしまう。あるときそのことを伝えると、彼女は笑いながら「私、体重ありますからね?」と冗談を返してくれました。しかし同時に、その言葉の意味を理解し、うなずいてくれたのです。 では、「言葉に体重が乗っている」とはどういう状態なのでしょうか。 ● 話す内容に経験の裏打ちがある● 例え話や表現が的を射ている● 言動にその人なりの一貫性がある 逆に「言葉が軽い」と感じられる人もいます。 ▲ 経験の裏づけが感じられない▲ 借り物のような表現ばかり使う▲ 言動に一貫性がない 同じ言葉でも、ある人が話すと心に深く残り、別の人が話すと右から左へ抜けてしまう。違いは「言葉に体重が乗っているかどうか」なのです。 経営者が社員に語りかけるとき、その言葉に“体重”が乗っているかどうか。これは会社の信頼を左右する大切な要素です。 誠実とは「言行一致」である 言葉に体重をのせるために必要なのは、言葉と行動の一貫性です。この「一貫性」について、私は最近あらためて驚かされたことがあります。 それは、日本の教育者・森信三と、マネジメントの父・ピーター・ドラッカー。洋の東西を超えて、この二人が同じことを語っていたのです。 まず森信三は『誠実』について、次のように説いています。 『誠実』とは、言うことと行うことの間にズレがないこと。いわゆる『言行一致』であり、随(したが)って人が見ていようがいまいがその人の行いに何らの変化もないことの『持続』をいう。─『森信三一日一語』 そしてドラッカーはこう述べています。 信頼するということは、リーダーの言うことはリーダーの真意であるということについて確信を持てることである。それは、『誠実さ』という誠に古くさいものに対する確信である。リーダーの行動と、リーダーの公言する信念とは一致していなければならないし、少なくとも矛盾してはならない。─ ピーター・ドラッカー「未来企業」 ここに共通するのは、誠実とは「優しさ」や「正直さ」ではなく、言行一致であるという考え方です。 つまり「誠実な経営者」とは、言葉と行動が一致している人。言い換えれば「一貫性のある人」です。 一貫性は信頼を生む資産 経営者にとって、一番の資産は「信頼」です。銀行からの融資も、社員からの支持も、取引先との関係も、すべては信頼の上に成り立っています。 では、その信頼はどのように築かれるのでしょうか。派手な実績や大きなプロジェクトだけではありません。むしろ、日々の言葉と行動が一致しているかどうかという、小さな積み重ねから生まれるものです。 「言うことは言うが、やらない」「社員には厳しいことを言うが、自分は守らない」 こうした矛盾は、瞬時に社員の心を冷めさせてしまいます。反対に、どんな小さな約束も守り、どんな状況でも自らの信念に基づいて行動する経営者は、自然と社員の尊敬を集めます。 「言葉に体重をのせる」とは、経験を背負い、一貫性を貫き、誠実さを行動で証明すること。その姿勢が、経営者としての最大の信頼資本を築くのです。 誰も見ていないところでこそ試される 森信三は「人が見ていようがいまいが変わらないことが誠実だ」と説きました。つまり、一貫性は“見えないところ”でこそ試されます。 例えば、 ▲「お客様第一」と言いながら、実際は自社の都合を優先する▲「挑戦を恐れるな」と言いながら、決裁は慎重すぎて前に進まない▲「現場を大事に」と言いながら、現場にほとんど顔を出さない こうしたズレは、社員に一瞬で見抜かれます。口先では立派なことを語っても、行動が伴わなければ信頼は積み上がりません。逆に、小さな約束を守り続け、信念に基づいた行動を一貫して取る人こそ、本当の意味で信頼される経営者です。 あなたの言葉と行動は一致していますか? ここで、ぜひ自分自身に問いかけてみてください。 ・社員に向ける言葉と、日々の行動は矛盾していないか?・誰も見ていないときでも、同じ姿勢を貫けているか?・自分の発する言葉に、経験と一貫性の“体重”は乗っているか? 経営者にとって、言葉は会社の方向性を決める「羅針盤」です。その羅針盤がブレていれば、社員も迷い、組織も揺らぎます。 まとめ 経営における「誠実」とは、言葉と行動の一貫性、すなわち言行一致にほかなりません。言葉に体重をのせるとは、自分の経験と信念を背負い、そのとおりに行動すること。 社員や顧客、取引先は、その一貫性を通じて経営者を信頼します。信頼は一朝一夕に築けるものではなく、日々の積み重ねによってしか得られません。 経営者としてのあなたの最大の資産は「信頼」です。そしてその信頼は、誠実さ=言行一致からしか生まれないのです。

300年続く老舗「半兵衛麩」に学ぶ

300年続く老舗「半兵衛麩」に学ぶ

こんにちは。中小企業診断士の牧野誠です。 中小企業の経営を支援していると、「どうすれば会社を長く続けられるのか」という問いに出会うことがあります。 利益を出すことももちろん大切です。けれど、「続ける」には、もうひとつ別の力が必要です。 今日は、京都で330年以上続く老舗「半兵衛麩(はんべえふ)」の十一代目当主・玉置辰次さんのお話を通して、その“続ける力”の源を考えてみたいと思います。 ■1.「始末」にこそ、商いの心が宿る 玉置さんが幼い頃。お父さんと銭湯に行ったときに、こんな話を聞かされたそうです。 新品を下ろす時が“始まり”で、捨てる時が“終わり”。だから“始末”と言うんや。 新品の手拭いは、使って汚れたら雑巾に、さらにボロボロになったら油拭きに。最後は火種にして風呂を焚く。 そこまで使い切って、ようやく「終わり」。だから「始まり」と「終わり」を合わせて“始末”。 お父さんは、洗い場の曇った鏡に指で文字を書きながら、商いの心得を語ってくれたそうです。 この話を読んで、私は建具職人だった父を思い出しました。古くなったタオルを作業場で使い続け、穴があいてボロボロになるまで離さなかった。 「まだ使えるものを捨てるのはもったいない」そう言って笑っていた父の背中に、“始末の心”があったのだと思います。 今の時代、私たちは効率やスピードを重んじます。「古いものはすぐ捨てて、新しいものを入れる」――それが当たり前になっている。 でも、商いの本質とはモノの使い方ではなく、人と心の使い方なのかもしれません。 老舗とは、長く続いたことが偉いのではなく、「長く続けるために何を捨てずに守ってきたか」に価値がある。 ■2. “暖簾”を守るという生き方 戦時中、麩の原料である小麦粉が軍に徴収され、商売ができなくなった半兵衛麩。 さらに鉄の供出が始まり、焼き釜や機械まですべて戦地へ運び出されました。 同業者の中には、機械を隠して戦後すぐに再開したり、闇市で小麦粉を買って大もうけした人もいたそうです。 それを見た中学生の玉置さんは、父にこう言いました。 よそみたいに、闇で売ればええやんか するとお父さんは、静かに答えたのです。 うちは先祖代々、麩というもんのおかげで家が続いてきたんや。そのありがたい麩を闇で売るなんて、できるか。暖簾は絶対に汚したらあかん。ご先祖様に叱られてしまう。 結局、お父さんは商いをやめました。書画骨董や家財を質に入れ、最後には家を売って借家に移ったそうです。 でも、不正だけはしなかった。 理念を曲げなかったからこそ、戦後、昔のお得意先が再び声をかけてくれたのです。 「よう辛抱したなぁ」「お父さんには世話になった。なんでも言ってきなさい。」 短期的な利益を選ばず、長期の信用を守った。これが「暖簾を守る」ということ。暖簾とは、単なる屋号ではなく、人の信用そのものなのです。 ■3.「堂々と生きなさい」――父が遺した誇り 戦後まもなく、お父さんは病に倒れました。再建の途中で、最も店を案じていた父が亡くなった葬儀の日。 同業者の一人が、こんなことを言いました。 「昔は麩屋やったか知らんけど、 今はちっぽけな店や。麩屋って言えまへんがな。」 その言葉を、玉置さんはすぐそばで聞いていました。悔しさで、涙も出なかったと言います。 葬儀の夜。父の手を握りながら、心の中で誓いました。 「お父さん、辛抱してな。 絶対にこの店を立て直すからな。 あんなことを言った人より、立派な麩屋にするから。」 その誓いを支えたのが、父の晩年の言葉でした。 うちはよそさんから後ろ指を差されるようなことは何一つしていない。いまはお金の信用はない。だけども“家の信用”はある。だから堂々と生きなさい。 この「堂々と生きなさい」という言葉が、戦後の再建を支える心の支柱になった。 理念は、困難を“耐える力”ではなく、“立ち上がる力”に変えるのだと感じます。 ■4.「根を腐らせなければ、花は咲く」 19歳で店を継いだ玉置さん。資金も職人もなく、母から鍋としゃもじを借り、ガスコンロで麩を手作りする日々が始まりました。 そんな彼を支えたのは、父の教えです。 花咲かぬ冬の日は、下へ下へと根を生やせ。雪が溶けたら、その養分で花を咲かせたらええ。根、つまり“理念”さえ腐らせなければ、必ず花は咲く。 理念があるから信念が生まれ、信念があるからぶれない。理念こそが「見えない根っこ」となって会社を支えます。 会社経営は「どれだけ大きな花を咲かせるか」ではなく、「どれだけ深く根を張れるか」。 経営者が本当に大切にすべきは、花の高さよりも根の深さかもしれません。 ■5. 老舗とは、“何を捨てずに守ってきたか”の物語 半兵衛麩は、現在も発展を続ける老舗企業です。高級料亭への卸から百貨店、ネット販売まで展開し、年商は16億円にのぼります。 でも、そこに至るまでに大きな資産があったわけではありません。 家訓と、理念だけがあった それこそが、最強の経営基盤でした。 時代は変わり続けます。顧客の価値観も、働く人の考え方も、ビジネスモデルも変化します。 だからこそ、「変わらないもの」を持つ会社が強い。 老舗とは、長く続いたからすごいのではなく、長く続けるために何を捨てずに守ってきたかを問い続けてきた会社。 理念とは、その問いに答え続けるための「羅針盤」です。 終わりに――あなたの会社の“根”はどこにありますか? あなたの会社にとって、「決して手放してはいけないもの」は何でしょうか? 何があっても守りたい考え方。受け継いでいきたい想い。譲れない判断の軸。 それがある会社は、どんな嵐が吹いても倒れません。どんな時代になっても、色褪せません。 理念とは、会社の“根っこ”であり、“心の灯”でもあります。 老舗「半兵衛麩」の物語が、あなたの会社の根を見つめ直すきっかけになっていたら、私として、これ以上うれしいことはありません。 — 牧野誠(中小企業診断士)