2025.09.29
「堂々と、生きなさい」――父が遺した“暖簾の誇り”
事業承継の本質は、株や設備ではなく、「どう生きてきたか」を受け取ることなのかもしれません。半兵衛麩十一代目・玉置辰次さんが、まだ10代で店を背負った頃。父の死とともに突きつけられた現実と、胸に刻まれた一つの言葉があります。その言葉は、老舗の暖簾が何によって支えられているのかを、静かに教えてくれます。 目次 10代で背負った店と父の死葬儀の場で突き刺さった一言悔しさの中で交わした誓い父が遺した「堂々と生きる」という教え暖簾とは、信用という無形資産 10代で背負った店と父の死 京都の老舗・半兵衛麩の十一代目、**玉置辰次**さんが10代で店を継いだ頃、父はすでに体調を崩していました。戦後の再建は道半ばで、誰よりも店を案じていた父が、ついに亡くなった。そんな日が訪れます。商いとしては、まだ十分に立ち直ったとは言えない状況でした。若くして当主となった玉置さんにとって、父の死は精神的にも、経営的にも、あまりにも大きな出来事だったはずです。 葬儀の場で突き刺さった一言 その葬儀の場で、忘れがたい一言が投げかけられます。同業者からの、あまりにも無神経な言葉でした。「昔は麩屋やったか知らんけど、今はちっぽけな店や。麩屋って言えまへんがな。樒をやるより、金やった方が喜びまっせ(笑)」。すぐそばでそれを聞いていた玉置さんは、悔しさを感じながらも、涙すら出なかったといいます。言い返す力も、状況を覆す実績も、まだ手元にはなかったからでしょう。 悔しさの中で交わした誓い 父の冷たくなった手を握りながら、玉置さんは心の中で誓います。「お父さん、きょうのところは辛抱してな。絶対にこの店、立て直すからな。あんなことを言った人より、立派な麩屋にするからな」。この誓いは、単なる怒りや意地から生まれたものではありませんでした。玉置さんを内側から支えていたのは、父が晩年に語っていた、ある言葉だったのです。 父が遺した「堂々と生きる」という教え 父は、こう語っていたそうです。「うちはよそさんから、後ろ指を差されるようなことは何一つしていない。いまはお金の信用はない。だけども、“家の信用”はある。だから堂々と、生きなさい」。商売ができない時代にも、理念を曲げず、暖簾を汚さなかった。その生き方そのものが、息子に遺された最大の教えだったのではないでしょうか。暖簾とは、看板や歴史の長さではなく、日々どんな判断を積み重ねてきたかの結果なのだと、私は考えています。 暖簾とは、信用という無形資産 父の死後、玉置さんがかつてのお得意先を訪ねて麩を売りに行くと、多くの人がこう声をかけてくれたといいます。「よう辛抱したなぁ」「お父さんとお祖父さんには世話になった。うちでできることなら、なんでも言っておいで」。三百年続く半兵衛麩の「暖簾を守る」とは、人からの信用を守り続けること。その信用は、決算書には載りませんが、非常時にこそ力を発揮する、極めて重要な資産です。経営の現場では、数字や効率が判断軸になりがちです。しかし、長く続く会社を支えているのは、こうした目に見えない信用の積み重ねではないでしょうか。 公開・更新履歴2025年9月29日:新規公開