2021.10.01
徳川家康
中学3年生の時のドラマ「3年B組金八先生」の影響で、高校1年のとき「竜馬がゆく」を読みました。 それをきっかけに、司馬遼太郎を読み漁りどんどん長編歴史小説にハマっていきました。文庫本1冊で完結する小説は読まなかったんです。 そして高校3年の夏休みに読んだのが山岡荘八「徳川家康」全26巻。 受験生が夏休みにこんなことしてる場合じゃないという意識が働いたのかどうかわかりませんが25巻まで読み進んで、あと1巻を残し、なぜか読むのを止めてしまいました。 そして、ちょうど30年の時を経て、徳川家康全26巻に再チャレンジ。今回は見事、全巻読み切りました。 ただ、最終26巻は惰性で読んだ感じです。だんだんと躍動感がなくなり、読んでいるときのワクワク巻が25巻あたりからなくなっていたんです。高3の夏に読んだときに25巻で止めてしまった理由はこれなのかもしれません。 全巻をとおして、メモを取ったのは第23巻にあった次の一節だけ。 未熟な者は眼でものを見ずに感情で物事を判断する。山岡荘八「徳川家康」第23巻 大阪の陣に至るまでの徳川と豊臣の駆け引きが展開されていたと思います。 眼でものを見ているのは徳川家康。感情で物事を判断しているのは豊臣方。 冷静に理詰めで手を打っていく家康に対し、淀殿を中心とする豊臣方は「そもそも家康はわが豊臣家の家臣。 太閤秀吉殿下の恩を忘れたか!」と感情的に対応して追い詰められていきました。 確かに、これまで読んだ歴史小説でも感情的になってしまったがために敗者への道をたどっていく様子がいくつも描かれていました。 経営も同じ。経営者なら、感情的にならず、理詰めで判断したいもの。 あなたは感情的に判断していませんか?